嗚呼、刀葉林

読んだ本とフリゲについて、書いたり書いてなかったり。

なんで僕に聞くんだろう。(2020)

 内容は様々な相談に著者が答えるというもの。不倫、結婚、親子関係など、幅広い悩みを読みながら思うのは「なんで著者に聞くんだろう」。多分、相談者は誰にも悩みを言えなくて、でも聞いてほしくて、それでいて否定もしてほしくない。なんなら耳障りの良い、欲しい言葉をかけてほしい。著者も書いているが、答えはもう相談者の中にある。ならどうして相談するんだろうと思うけれど、人間は自然界において激弱生物なので「誰か」を頼らずにはいられないのかもしれない。

 著者を相談相手に選んだ理由は色々あるだろうが、がん患者だということも大いに関係しているように思う。こんなことを書いて良いのか分からないけど、自分より先に死にゆくであろう人からの言葉は神聖に感じるものだ。死は年齢、性別、職業関係なく、影のように常にそばにあるにもかかわらず。

 イエス・キリストの「このパンは私の体で…」という台詞も最後の晩餐で放たれたからこそ弟子達に響いたわけで、通常の食事の時なら「やばい人についてもうたかも…」と弟子達はこぞって後悔しただろう。少なくとも私はする。さっさと食事を済まし、トイレへ行くふりをしてイエスの元から去る。そして地元に帰り「イエスがさ、食事してる時、なんて言うたと思う?今から食べるパンは私の体やって。ワインは血らしくてさ、やばいない!?カニバリズムやん!」と知り合いに言いふらすだろう。

 この本の、いや著者の面白さはそういう死からくる神聖さを蹴散らすところだ。相談者に寄り添い、核心を突きながら悪いところはしっかり指摘する。

 風俗嬢に恋をしました。その一言だけを送ってきた相談相手に対し、相談の時点でコミュニケーションが下手すぎて恋の成就は難しいと答えたり、不登校の息子に悩む母親の独りよがりを見抜いたり、数十年前に別れた元カノの現在を知りたい、自分を覚えているかどうか確かめたいと思い悩む男性に対し、過去に生きるのはよくない、というかその行動自分がやられたら気持ち悪いでしょと諭したり、よくぞ、まあ、ここまでズバッと核心をつけるなあと感心する。結構きつい言葉も、攻撃性をあまり感じないのは著者の本来持っている深い優しさがなせる技だろう。

なんで僕に聞くんだろう。

著者:幡野広志

発行:2020

本体価格:1500円+税