脳が壊れた(2016)
ルポライター鈴木大介さんを以前から存じ上げていた。名前は忘れてしまったがウェブ上で「お妻様」のことを書いている記事を読んだのがきっかけだったと思う。非常に個性的な発達障害者である「お妻様」と高次脳機能障害を持つ鈴木さんの生活は一般の家庭ではみられない、深く複雑で繊細な優しさに満ちていた。今でも忘れられないのは「お妻様」の布ナプキンを洗い、タブー視されがちな生理を肌で体験し、知識を深めていた記事だ。大きな反響があったようなので知っている人は多いかもしれない。
鈴木さんが脳梗塞に襲われたのは41歳の時。突然呂律が回らなくなり、そのまま病院へ。手のしびれなどの前兆はあったが、しばらくすれば回復すること、最初に受診した整形外科医の誤診が重なり、発見が遅れた。
幸い一命はとりとめたものの、辛いリハビリ生活、さらに辛い日常生活へと物語は進んで行く。そう、脳梗塞は退院したら即健康ではないのである。鈴木さんは感情失禁や集中力の過剰な低下などの後遺症と共に生きていかなければならなくなった。
文字にするとかなり重い内容だが、鈴木さんの性格なのか、全編明るく、どんな重い症状も茶化し、笑いに変えてしまう。いわゆる社会的弱者が取材対象である鈴木さんは脳梗塞を通し、彼、彼女らの苦しみを体験し、社会の在り方を見つめていく。その姿はさすがルポライターである。
格好いいのは鈴木さんだけでなく、終始彼を支える「お妻様」も同様だ。彼女は発達障害であり、生きづらさの大先輩である。絶望的な状況にある夫に対し「あんたの場合は時間薬で治るんだから、今は楽しめば?結構楽しくない?」と言ってのける。夫婦揃って格好いい。
「非常に多くの気づきに満ちた体験ではあったが、もう一度同じリハビリをするならば結構あっさり自殺を選んでもいいのではないかいうほどに辛」いリハビリ生活中、見つめていたのは過去取材した人々だけではなかった。
脳梗塞は自業自得。
これが鈴木さんが自分を見つめ直し、出した結論だった。根っからの体育会系、完璧主義だった鈴木さんは自分が自分を追い込んでいた、そして1番傍にいた「お妻様」を苦しめていたと知る。
脳梗塞になった原因のすべては、僕自身の中にあった。そのことに気づけただけでも「脳梗塞になってよかった」と思えるほどの欠落だ。
引用:脳が壊れた
本書には常に鈴木さんの傍にいた「お妻様」の思いも綴られている。鈴木さんへの愛と添い続ける覚悟、そして決意、文章全体に漂う達観と寂しさが生きづらい人生を物語っていて何だか切なかった。どうして人はみんな幸せでいられないのだろう?
この本では、高次脳を残しながらも幸運なことに思考し書く力を残すことのできた僕が、当事者の感覚をつらつらと語源化してみました。発達障害や、鬱病をはじめとする精神疾患・障害の当事者の言葉の代弁でありたいと思います。
こうなってしまうと、僕らはもう独りでは生きていけません。独りでいることは、死に直結するリスクです。だから、面倒くさくても、何を言っているのかわからなくても、そばにいて、壊れてしまった自分を許容してくれる誰かが必要なのです。
引用:脳が壊れた