嗚呼、刀葉林

読んだ本とフリゲについて、書いたり書いてなかったり。

チャップリン自伝 若き日々(2017)

初出:前ブログ

 世界の喜劇王チャップリンの自伝。上下巻の上にあたり、イギリスで過ごした幼少期から小さな放浪者の誕生、アメリカへ発つまでのエピソードを描く。ハリウッド俳優の自伝はゴーストタイラーの手によるものが多いらしいが、この本はチャップリン本人が書いた可能性が高いという。

 一番驚いたのはチャップリンの驚異的な記憶力だ。本書は彼が12歳のときから始まる。他の人は知らないが、私は12歳のときを記憶がない。12歳に限らず、昨日のことさえあふやだ。

 しかし、チャップリンは誰が、いつ、どこで、何をしたか、迷いなく細々と書き記す。記憶は改ざんされ、信用に値しない場合もあるが、それでも年代とエピソード、相手の服装まで覚えてるって、すごくないか?

 チャップリンは読み書きが出来るようになったのは歳をとってからで、日記を付けることが出来なかった。つまり、本書はチャップリンの純度100パーセントの記憶で紡がれている。私の驚きをご理解いただけただろうか?

 驚異的な記憶力があっても、いや、良いからこそ、排除されたエピソードがある。母の不倫の末に出来た兄弟、リタ・グレイとの結婚などだ。前者は愛する母の名誉のため、後者は私に知識がないので何とも言えない。

 チャップリンは過剰な自信家である。美しい母と優しい兄を持ち、才能に恵まれ、ハンサム。のちに富と名誉、美女も手に入れる。自信満々で当然だが、それでも度が過ぎていないか?と思う部分が多々あった。自信が溢れすぎて、本を閉じても薄っすらチャップリンの自信が漂ってきたほどだ。

 自信過剰なチャップリンの1番好きなエピソードを紹介する。

 19のときチャップリンは15歳の踊り子ヘティに恋心を抱いた。早速デートを取り付け、出会って4日目、こともあろうかチャップリンはプロポーズをする。当然、断られ、ショックを受けるが「彼女がそう簡単に私を振るわけがない!」と謎の自信から翌日、ヘティの自宅へ向かう。

 チャップリンを待っていたのはヘティの母親だった。泣きながら帰ってきた娘を見た彼女は「うちの娘に何をしたんだ!」と血管も切れんばかりに怒鳴る。対してチャップリンは「何かしたのは彼女の方ですよ」と皮肉の笑みを浮かべながら、肩をすくめる。何故、火に油を注ぐような態度をとったのか理解しかねるが、チャップリンの暴走は続く。

 カンカンの母親に彼女に会わせてくれと頼み込み、酒の力で何とか口説き落とすことに成功。無事、再会するがヘティの態度から、チャップリンは完全な恋の終わりを察するのだった。

 チャップリンは己の初恋と失恋を哀愁たっぷりに書いているが、ヘティからすれば恐怖でしかないだろう。出会って4日でプロポーズ。断っても自信満々で自宅に押し掛けてくるのだ。

 デートに誘ったのもプロポーズもチャップリンだった。にもかかわらず「何かしたのは君だよ」?私ならオカダカズチカ(レスラー)ばりのドロップキックをお見舞いする。

 その後も何かとヘティを思い出し、悶々とするチャップリンが登場します。自信はあっていいけれど、ありすぎるもの考えものだ。特に相手のある恋愛ならなおさら。

作品情報

著者:チャールズ・チャップリン

訳:中里京子

発行:2017年

本体価格:710円+税