嗚呼、刀葉林

読んだ本とフリゲについて、書いたり書いてなかったり。

『臨済録』を読む(2015)

若し人、仏を求むれば、是の人は仏を失す。若し人、道を求むれば、是の人は道を失す。若し人、祖を求むれば、是の人は祖を失す。

「示衆」

 仏に逢えば仏を殺し、親に逢えば親を殺し、…で有名な臨済録臨済とは中国の唐の時代を生きた僧である。真の自由を得るため、仏、教えはおろか師さえ信じるなと言い放った臨済の言葉は、時に戸惑うほど過激でありながら温かみやおかしさを含んでいる。臨済は不作と税に苦しむ当時の河北省の、民衆の精神解放を目指していた。

 雲のように掴みどころのない臨済の言葉を対談方式で解説してくれるのは僧侶、有馬頼底氏。関西弁の軽快なリズムと徹底的に噛み砕かれた解説は分かりやすく、スルスルと頭に入ってくる。

 臨済の枠という枠をとっぱらった、広く自由な発想は爽快感があり、読んでいるだけで心が踊る。しかしそうした気分、得た知識さえ臨済は蹴散らしてしまうのだから、こちらは迷い子の心境になってしまう。

 終始、捨てろ、すがるなと言い続けた臨済。それでもすがってしまうのが人間の性であり、業だ。この自ら創造した地獄から抜け出すにはどうすれば良いのか。

何度でも言いますけどね。一瞬でいいんです。で、すぐ忘れてもいい。そしてまた気付く。それが繰り返され、積み重ねられてゆくこと。

引用:『臨済録』を読む p234

臨済録』を読む

著者:有馬頼底

発行:2015

本体価格:800円+税