むこうがわの礼節
「ちょっと、変なことがあったのよね」
山登りが趣味の萌佳は月に1度トレーニングをかね、近場の山を登る。帰りも同じ道を通るのは面白くないと旧道を歩くも、そこは獣道。道を見失い、不安になりながらも進んでいくと、山間の集落に出た。安堵に胸をなでおろしながらバス停までの道を聞こうと、近くを通りかかったおばあさんに声をかける。しかしおばあさんは無言のまま、半ば逃げるように彼女の前から去ってしまう。
かつて当たり前に存在していた、ひとならざるものが暮らす「むこうがわ」の世界。我々人類は文明、科学の進歩と引き換えに「むこうがわ」への恐怖や敬意を失いつつある。物事は多面的だから肯定も否定も控えるが、今もなお「むこうがわ」の存在をなんとなく信じている人間として危機感を覚えている。
主人公萌佳は「むこうがわ」と接したことも感じたこともない都会っ子である。「むこうがわ」の存在はおろかルールもタブーも知らない。それが物語の発端、おばあさんの不可解な行動への疑問につながる。彼女は幸いおばあさんに不審感を抱くだけで無事家に戻れた。しかし「むこうがわ」に迷い込んでいたら、きっと知らぬ間にタブーを犯し、二度と戻れなかっただろう。
「むこうがわ」なんて昔の人の妄想で、意識しなければ存在しない、馬鹿馬鹿しいものだ。見えるものだけが現実、物質だけの世界。それこそ、思い上がった妄想で馬鹿馬鹿しいと感じるのは何故だろう。
むこうがわの礼節
ジャンル:ノベル
推奨年齢:全年齢
制作:スタジオ・おま~じゅ