嗚呼、刀葉林

読んだ本とフリゲについて、書いたり書いてなかったり。

繰り返す夢と夢「そこは佐藤さんのお宅ですよ。」

 兄の家を訪れ、インターンホンを押した主人公に「そこは佐藤さんのお宅ですよ」と声をかけたのは中年女性。主人公は兄の家だと主張するが、女性は聞く耳を持たず、佐藤さんのお宅だと譲らない。困惑する主人公を尻目に女性は佐藤さんがいかに素晴らしいお嬢さんかを語り始める。

「気立てのいいお嬢さんでね、美人で料理もお上手なのよ。あんな子をお嫁さんにもらえる人は幸せでしょうねぇ」

 主人公が兄の家を訪れるたび、現れ、佐藤さんを褒める中年女性。まるでゲームキャラのように(まごうことなきゲームキャラだけども)同じ言動を繰り返す中年女性は奇妙で不気味だ。しかし、どこか物悲しさが漂っている。

 夢のような現実、現実のような夢を行き来しながら、物語は真相に近づいていく。真相は現実でありふれた、人によっては悪だと両断し、あっさり捨ててしまえるものだった。しかし当事者である登場人物達には到底受け入れられない真相だった。彼らは真相、現実を受け止める苦悩より、幻想を生きる苦痛を選んだ。

 人間はとても弱くて、何かにすがらないと生きていけない生き物だと私は思う。人によって、それは宗教だったり、漫画だったり、小説だったり、アイドルだったりする。この物語における「すがる対象」はたった一人の人間だった。それも、世間一般的には悪人と呼べる人だった。

 でもその人をそれぞれが愛してしまっていたから、みんな幻想を生きるほかなかった。主人公は兄の家のインターンホンを押し続け、中年女性は佐藤さんを褒め続ける。そうしなければ誰も生きてはいられなかっただろう。物語の根っこにあるのは人の愚かさと弱さだ。でも、だからこそ、切なくてどうしようもなかった。

そこは佐藤さんのお宅ですよ。

ジャンル:ホラー、ノベル

推奨年齢:12歳以上

制作:摩訶子

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