嗚呼、刀葉林

読んだ本とフリゲについて、書いたり書いてなかったり。

恐山 死者のいる場所(2012)

 恐山を管理する菩提寺の代理住職、南直哉(みなみ じきさい)氏による本。外ではなく中にいる人間として、恐山とは何か、何故人々は集まるのかなどを書いている。

 死者に会うため、恐山にやってくる人々は切実だ。死者の存在、自殺者の魂の救援など、常識や因果関係では説明できない問いを著者に投げかける。

「これまで培った知識や経験では、とてもじゃないが捌けるものではない」と感じながらも著者は「単純な言葉では割り切れないものがここにあるはず」と恐山、そこにやってくる人々と向き合い続ける。

死者は実在し、生者と同じように我々に影響を与える。死者にはそれだけの力がある。だからこそ恐山には、毎年二十万人という人が集まるのでしょう。

引用:恐山 死者のいる場所

 以下、一番心に残った文。 

仏教の教えというものは、私にしてみれば道具であります。それが使えるかどうかが大事で、使うまでは分からない。

引用:恐山 死者のいる場所 

 無宗教を自称しながらも神社や寺へ赴く、不思議な習性を持つ日本人。その1人として、宗教とは何かをずっと考えていた。

 宗教とは道具である。

 ようやくしっくりくる答えが見つかった。

 ありがとうございます、お坊様!